令和元年8月の最後の土曜日は、地元の先輩と青森を旅行していた。
先輩とは15年前にも、東京に来たばかりの頃東北を旅したことがあった。これはその第2段であった。
15年の内にはお互い色んなことがあったが、改めて二人で旅をすると、昔となにも変わらないような会話が続く。
お互い、相手がどのような人物なのかは概ね理解している。
先輩とは15年前にも、東京に来たばかりの頃東北を旅したことがあった。これはその第2段であった。
15年の内にはお互い色んなことがあったが、改めて二人で旅をすると、昔となにも変わらないような会話が続く。
お互い、相手がどのような人物なのかは概ね理解している。
今回は八戸駅で新幹線を降りてレンタカーを借りた。
先輩所望の車の博物館へ行く。
代表的な所では、トヨタ2000GTやヨタハチが飾られていた。
オーナーがトヨタ系列の人なので、日本車に関してはトヨタばかりであった。1台ダイハツがあっただけだった。
先輩所望の車の博物館へ行く。
代表的な所では、トヨタ2000GTやヨタハチが飾られていた。
オーナーがトヨタ系列の人なので、日本車に関してはトヨタばかりであった。1台ダイハツがあっただけだった。
車の博物館を見た後は、酸ヶ湯に向かった。
酸ヶ湯に一応入ったが、混浴風呂には仕切りが出来ており、往年の東北文化の良さは失われていた。新幹線の開通と時を同じくして仕切りはできたようである。
翌日はずっと行きたいと思っていた下北半島の恐山へ向かった。
ここは期待に違わぬ雰囲気のある霊場であった。
また何度か来てみたいと思う。
最後は本州最北端の大間崎へ行った。
これで残るは本州最東端のみとなった。
酸ヶ湯に一応入ったが、混浴風呂には仕切りが出来ており、往年の東北文化の良さは失われていた。新幹線の開通と時を同じくして仕切りはできたようである。
翌日はずっと行きたいと思っていた下北半島の恐山へ向かった。
ここは期待に違わぬ雰囲気のある霊場であった。
また何度か来てみたいと思う。
最後は本州最北端の大間崎へ行った。
これで残るは本州最東端のみとなった。
久しぶりの先輩との旅はお互い距離感が分かっているだけに思った以上に快適だった。
やはり先輩は偉いなぁ、と思った。
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